知床半島の付け根あたり、地図で見るとほとんど人が踏み込まない場所に薫別岳はある。 標高1000mにも満たない山なのに、冬になると別の惑星みたいな顔をする。 ガイドブックにも載っていない。 それがかえって、足を向けさせた理由だ。
薫別岳のおすすめスポット
薫別岳|誰もいない雪原で、熊の足跡だけが先を歩いている
標高は約981m。
数字だけ見ると物足りない気がするが、そんな先入観はすぐ消えた。
登山口に着いたのは朝7時前。
気温はマイナス12度。
車のドアを開けた瞬間、空気が顔に刺さった。
トレースはない。
前日の雪でぜんぶ消えている。
膝まで沈む新雪をラッセルしながら、30分ほど進んだところで気づいた。
足跡がある。
ヒグマだ。
こっちに向かってではなく、稜線のほうへ続いている。
ここは奴らの庭だと、改めて思い知らされた。
山頂手前の斜面、傾斜がきつくなる箇所でアイゼンを履き直した。
ここで1時間半は使った。
体感温度でマイナス20度は下回っている。
指の感覚が消えかけた。
それでも振り返ると、知床の稜線が白く光っている。
国後島の影もうっすら見える。
言葉が出ない。
寒くて声が出なかっただけだけれど。
薫別川沿いのアプローチ道|林道が終わる場所から、本当の山が始まる
登山口までの林道が、冬は完全に閉鎖される。
ゲートから登山口まで約4km。
ここを歩くところから、もう山は始まっている。
薫別川の流れる音が左手に聞こえ続ける。
川は凍っていない部分も多く、黒い水が白い雪の中で異様に目立つ。
林道は緩やかに標高を上げながら続く。
スノーシューで歩いてちょうど1時間くらい。
途中、エゾシカが5頭ほど斜面を駆けあがっていくのを見た。
音もなく消えた。
このアプローチ道、正直なめている。
積雪が多い日は腰まで埋まる箇所もある。
撤退を決めるならここで決めたほうがいい。
山頂まで行ってから体力が尽きると、下山が本当に危ない。
林道終点の小さな広場でひと息ついた。
ここからが本番だが、ここまでですでに足が重かった。
冬の薫別は体力の消費が異常に速い。
カロリーメイト2本では足りない。
薫別の集落跡|かつて人が暮らしていた場所の、静けさが重い
下山後に立ち寄った。
薫別には、かつて漁師や開拓民が暮らした集落の痕跡が残っている。
廃屋の柱が雪の中に突き出ている。
ガラスのない窓枠だけが残っている建物もあった。
誰かが住んでいた。
そのことが、妙にリアルに感じられる。
知床は世界遺産になってから、人の立ち入りが厳しく制限された地区が増えた。
それ以前からここで生きていた人たちの話が、頭をよぎった。
集落跡から海が見える。
オホーツク海。
2月なら流氷が来ているはずだが、この日はまだ沖に見えるだけだ。
それでも海の色が、本州とはまるで違う。
灰色と青が混ざったような、冷たい色。
薫別岳の山頂から見た景色より、この場所で感じた「時間」のほうが、じつはずっと印象に残っている。
山は変わらないが、人の暮らした跡は消えていく。
そのスピードが、冬の寒さと重なって見える。
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薫別岳への行き方
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