新幹線を降りた瞬間、空気が変わった。 東京とは違う、少し重くてひんやりした空気。 会津若松は、歴史の重みを今も背負って立っている町だ。 幕末の記憶が、石畳にも、城壁にも、温泉の湯にも染みついている。 派手さはない。でも、来るたびに何かが残る。 そういう場所が、ここにはある。
会津若松のおすすめスポット
鶴ヶ城|落城しても、天守は凛と立っている
冬の朝、8時半に着いた。
観光客はまだ少なく、雪をかぶった天守閣が静かにそこにあった。
正直、最初は「どうせ復元天守か」。
1965年に再建されたコンクリート製だ。
でも、その考えは石垣を見た瞬間に消えた。
戊辰戦争のとき、この城は1ヶ月以上の砲撃に耐えた。
落城したのは慶応4年、1868年9月22日。
その日の城主・松平容保の気持ちを、石垣はずっと知っている。
天守内の展示は5階建て。
一番上の窓から見える会津盆地は、冬は雪原になっている。
風が冷たくて、目が痛いくらいだ。
でも、その寒さがちょうどよかった。
桜の時期も有名で、約1000本が城を囲む。
秋の紅葉シーズンも、天守との色の対比が鮮やかだ。
どの季節に来ても、この城は外さない。
芦ノ牧温泉|大川の流れが、ずっと聞こえている
会津若松の市街地から車で約25分。
山間の渓谷沿いに、ひっそりと湯煙が上がっている。
芦ノ牧温泉に泊まったのは12月だ。
宿に着いたのは夕方5時。
もう日が落ちていて、大川の水音だけが響いている。
泉質は弱アルカリ性の単純温泉。
ぬるっとした感触が、肌にまとわりつく。
「美人の湯」と呼ばれるのも、入れば納得できる。
宿の露天風呂に入ったのは、夜の10時。
気温は多分マイナスに近かった。
湯気の向こうに星が見える。
それだけで、来た意味があった。
翌朝の朝風呂もよかった。
川霧が立ち込めていて、視界が白くぼやけている。
周辺には「芦ノ牧温泉駅」がある。
駅には有名な猫の駅長・らぶがいた。
小さな駅に、なぜか人が集まっている。
そのちぐはぐさが、また良かった。
大内宿|江戸時代に、置いてきぼりにされた村
会津若松から車で約1時間。
山の中に、突然、茅葺き屋根の集落が現れる。
初めて来たとき、声が出ない。
コンビニも、アスファルトも、電線も見えない。
江戸時代の宿場町がそのまま残っている。
全長約450メートルの通りに、茅葺きの家が30軒以上並ぶ。
ここは江戸時代、会津と日光を結ぶ重要な街道だ。
冬の大内宿が、特別だ。
1月下旬には「雪まつり」が開催される。
約500本のたいまつに火が灯り、集落全体が橙色に染まる。
その光景を見て、少し泣きそうになった。
名物は「ねぎそば」。
ネギ1本を箸代わりにしてそばを食べる、あれだ。
最初は「どうせ観光用でしょ」。
でも食べたら、ちゃんとうまかった。
1杯1,000円前後。
秋の紅葉と茅葺き屋根の組み合わせも、ここでしか見られない景色だ。
五色沼|湖の色が、信じられない
「どうせ青いだけでしょ」。
正直に言う。
でも、毘沙門沼の水面を見た瞬間、足が止まった。
青でも、緑でもない。
コバルトとターコイズの間みたいな色が、そこにあった。
五色沼は、磐梯山の噴火(1888年)でできた湖沼群だ。
エメラルドグリーン、コバルトブルー、深い緑。
場所によって、湖の色が全部違う。
鉄分やアルミニウムの濃度が違うから、そうなるらしい。
理屈はわかった。でも、目で見ると理屈が吹き飛ぶ。
「五色沼自然探勝路」は全長約4キロ。
歩いて約1時間20分。
11月初旬に歩いたら、紅葉がちょうど見頃だ。
燃えるような赤と、信じられない青が隣にある。
その組み合わせが、非現実的だ。
早朝が狙い目だ。
朝9時前に着いたら、まだ霧が残っている。
その霧の向こうから青い沼が現れる瞬間は、一生忘れない。
塔のへつり|川が、1万年かけて作った彫刻
「へつり」とは、この地方の言葉で「険しい崖」を意味する。
その名前どおりの場所が、大川沿いにある。
駐車場から歩いて3分。
吊り橋を渡ると、突然、岩の塔が目の前に現れる。
高さ約100メートルの断崖が、川に沿って続いている。
岩が浸食されて、塔のような形になった。
それが1万年以上かかってできた地形だ。
秋が圧倒的だ。
紅葉が断崖に張りつくように色づいていて、川面に映っている。
見上げると岩、見下ろすと川、どこを向いても絵になる。
岩をくりぬいて作った「虚空蔵菩薩」の祠がある。
崖沿いの細い道を、手すりをつかみながら歩く。
足がすくむけど、その先に小さな祠があった。
人がここに信仰を持ち込んだ気持ちが、なんとなくわかった。
国の天然記念物に指定されている。
入場無料なのに、なぜかあまり知られていない。
それが不思議なくらい、価値のある場所だ。
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会津若松への行き方
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