5000年前、ここに人が暮らしている。 それだけのことが、どうしても実感できない。 青森市郊外の丘に立って、復元された巨大な柱を見上げたとき、 はじめて時間の重さが体に入ってきた。 縄文時代は「遠い昔」じゃない。 ここではそれが、土の中から掘り出されたままの形で、目の前にある。
三内丸山遺跡のおすすめスポット
六本柱建物跡|空に向かって立つ柱が、5000年を貫いている
遺跡に入って最初に目に飛び込んでくるのが、これだ。
直径1メートルを超える6本の木柱。
高さは約15メートル。
クリの木が使われていたことが、発掘調査でわかっている。
柱の根元に立ってみた。
首が痛くなるほど見上げて、やっと頂上が見える。
これを縄文人が建てたという事実が、しばらく頭に入ってこない。
実はこの建物、用途がまだ解明されていない。
物見台説、祭祀施設説、さまざまな仮説がある。
わからないまま残っている、というのが逆にいい。
答えのない問いを前に、自分なりに考える時間が生まれる。
夕方の光の中で見ると、また印象が変わった。
柱の影が長く伸びて、地面に縞模様をつくる。
観光地然としていない。
ただ、そこにある。
大型竪穴建物|地面に埋まった家の、天井が高すぎた
「竪穴式住居」というと、こぢんまりした小屋を想像している。
完全に違った。
復元された大型竪穴建物に入ると、天井まで10メートル近くある。
床面積は約420平方メートル。
バドミントンコートがほぼ1面入る広さだ。
中は薄暗くて、土の匂いがした。
柱と柱の間から差し込む光が、埃をくっきり照らしている。
ここが集会所だったのか、共同作業の場だったのか。
発掘された炉の跡が複数あるから、生活の中心だったのは間違いない。
子どもが走り回るのに十分な広さがある。
実際、隣にいた家族連れの子どもが叫び声を上げて駆け出した。
怒られると思ったら、親も笑っている。
5000年前の子どもも、たぶん同じことをしている。
そう思ったら、急に建物が近くなった。
遺跡って、そういう場所だ。
縄文時遊館|出土品と向き合うと、縄文人が人間になる
遺跡を歩いた後、館内に入った。
冷房が効いていて、正直ほっとした。
8月の青森、外は30度を超えている。
展示室に入ると、ガラスケースの中に土器が並んでいる。
よく見ると、表面に細かい模様がある。
指で押した跡、縄を転がした跡。
ひとつひとつ、手作業でつけられたものだ。
装飾品のコーナーで足が止まった。
ヒスイや漆を使ったアクセサリーが出土している。
生活のための道具だけじゃない。
きれいなものを身につけたかった人たちが、ここにいた。
所要時間は、じっくり見て約90分。
図録が充実していて、1冊2200円で買った。
帰りの新幹線で読んだら、もっと早く買えばよかった。
先に読んでから遺跡を歩いたら、見え方が変わっていたはずだ。
次に来るときはそうする。
モデルコース
三内丸山遺跡への行き方
HUB CITY
盛岡(拠点都市)から行ける旅先を見る →